今年 5 月の国会で,労働安全衛生法の改正案が可決され,50名未満の事業場でもストレスチェックの実施が義務化されることになりました。「社員数名のうちの職場でどのようにストレスチェックをやればいいの?」と相談をいただくケースも出てきました。今後,準備期間を経て2028年頃には,義務化が施行される見込みとなっています。

他社・地域と活用資源を共有する仕組み

プライバシー保護や専門性の観点から,産業医等の外部資源を活用して実施するケースも増えると思われますが,一方で,小さな会社が一社で産業医を抱えるのもなかなか大変です。そこで提案したいのは,数社が共有する形で産業医などの外部資源を活用するという枠組み「CAP」(Communitymember Assistance Program)です。

CAPは,一社・職場だけで「社員個々が働くうえで直面する困りごと」を解決していくのではなく,自社がつなぎ目となって地域・業界内で協同し,活用できる地域資源を共有して対処していくものです。 従 来 の「EAP」(EmployeeAssistance Program)は,企業内で完結する支援策としてメンタルヘルス対策等一定の機能を果たしてきましたが,社会も個々も複雑化・多層化が進み,より包括的で柔軟な支援の枠組みが求められており,このCAPという枠組みを多くの企業が関わって地域で実践できるとよいのではと考えています。

自己理解を広げるため外に出る機会を提供

人が,揺らぎ(迷い・悩み・葛藤など)を覚えるとき,いつもの場所にとどまっていたのでは,往々にして視点の転換が困難となります。日常の場から一歩(少しだけ)外に出ること,すなわち越境的な学びや異質な他者との出会いによって,思考の渦から抜け出し,新たな一歩を踏み出すことが可能となります。CAPではこのような「ちょっと外に出る」機会を意図的に組み込み,感性の刺激,偶発的な出会い,新しい情報との接触を通じて,アイデンティティの再構築のきっかけを得る場を提供します。

また,これまでのキャリア形成は学校・職業・職場といった「制度的なハコ」のなかで完結することが多かったのですが,CAPはそのハコの外に広がる「地域社会」というフィールドを,キャリア形成の舞台とします。このような構造によって,学校や職場では表現しきれなかった自己の側面が開かれ,多様な他者との関わりを通じて自己理解が促進されます。

「CAP」は,企業・地域・個人の三者が協働しながら,「キャリアは職場で構築される」という従来の考え方を超え,「ライフキャリア=人生に根ざした働き方」へと視座を移行する仕組みでもあります。そのため,自身のペースで歩み,つながりを育みながら生きていけるような,社会的インフラとしての「共有地」の存在(まちのコミュニティカフェや図書館,公園など)を活かしてCAPを提供していく,という点が,特徴です。

地域・他者と関わり自分を再構築する処方

また,病気や困りごとへの支援という点で,医療機関への通院,行政サービスの活用といった”制度による処方”だけでは,人が抱える不安や生きづらさの根源に十分に届かないケースも少なくはありません。そこで,最近注目されている「社会的処方」(socialprescribing) と「文化的処方」(cultural prescribing) という2つのアプローチを取り入れていきます。

●社会的処方(social prescribing)

社会的処方とは,孤立感を抱える人や心の不調を感じている人に対し,医療・福祉制度ではなく,地域に根ざした活動や人とのつながりを処方するという考え方です。具体的には,地域の共有地での交流,ボランティア活動への参加,あるいは畑仕事や手仕事,読書会など,非医療的な社会参加が推奨されています。

●文化的処方(cultural prescribing)

文化的処方では,アートや音楽,物語,演劇,伝統文化などとの接触や創造行為そのものが,人間性を豊かに育み,心身のレジリエンスを高める働きかけです。芸術文化の「鑑賞者」としてだけでなく,「つくり手」「表現者」として他者と関わることを通じて,自身の物語を取り戻し,再構築するプロセスでもあります。
CAPでは,企業が地域の共有地を活用することで,こうした社会的・文化的処方の「場」を身近に提供し,支援が必要な社員が医療的処方一辺倒ではない「もうひとつの選択肢」を手に取れるようにします。このような対応のあり方を地域にひらき,人と人,人と地域,人と文化との間に新しい道筋をひらく取り組みでもあるといえます。